小山裕久

小山裕久の功績

小山裕久は日本の料理人ですが、その功績ではいろいろと言われています。
小山裕久は、「青柳」と言う名前の料理屋にかなり誇りを持っています。

そのため自らを青柳の3代目として胸を張っています。
本来の性格であるグイグイくるところがある割には、先代の話や料理の話などはまったく口にしていません。

しかし彼の弟子の中には、ミシュランの3つ星を獲得するなど、優秀なコックもいます。
そんな彼は料理業界では、もっと煌々とした印象でいても良いと思いますが、そのような話もまったくといっていいほど出てきません。
小山裕久は、支店を幾つも立ち上げていますがそのほとんどをつぶしていますし、お店のシンボルとなっている柳の木も失ってしまっています。

彼の店は、全国各地に出されていますがそのほとんどは成功を収めたといった話もききません。
しかし彼の料理を堪能したという人たちの話は数多くあるものです。

小山裕久の料理

カレン修行先であった「吉兆」は、彼に多くの影響を与えているといわれています。
その多くの中で特に影響があるものは、八寸やお造りなどの盛り付け方です。
普通のお造りなどの盛り付けとは違い、彼独自のインスピレーションで飾られたものは、とてもインパクトがあるものです。

彼の料理に対して最大の功績ともいえるものは、「包丁を入れることが料理になる」ということです。
つまり、包丁を使わない料理は、料理とは言えないということなのです。

ごく一般に、魚に包丁を入れてつくるおさしみですが、これは単なる生魚の切り身ではないと小山裕久は言っています。
実際にお刺身を著名人に食べさせていますが、単なる切り身として食することなかれと言わんばかりの説明つきのものだったそうです。

小山裕久と包丁さばき

彼は包丁1本を持ち、数年間パリにいっています。
パリで有名なホテルを転々として講習会や自身のフェアなどを開きました。

包丁一本で日本料理のすばらしさを伝えた彼のうわさは、自然に世界中へと広がっていきます。
そして英国や他の国からも呼ばれるようになりました。

彼が日本の料理を国際的にそのイメージを変えた第一人者ともいえると思います。
彼は、鮎を胴体と尻尾そして頭とに火入れのやり方を調理して焼くものとして、鮎の塩焼きをはじめ、鯛の「淡々」そしてあわびやえび、車えびなどの主役になる食材を脇役にして、脇役と言えるわかめを前面に押し出した料理を作り上げています。

彼の新作と言うものは、彼独特の発想から作られていて、その視点は誰にも真似できないものになっています。
彼の修行の場であった吉兆で様々なことを学び、包丁を入れたものが料理だと言い続けている彼は、料理界の偉人としてあがめられてもおかしくないと考えます。

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