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自己紹介 – はじめまして –

都内の会社にてサラリーマン

初めまして。

私はつい最近まで、都内の会社にてサラリーマンをしていました。一身上の都合で会社をやめ、脱サラ

現在は、小さいころからの夢だった、コックになるための修行をしています。最初は自分でもどうするか分からず、とりあえず調理師教室に通ってみました。

その経験を経て、レストランでアルバイトを始めました。しかし、来る日も来る日も雑用か注文取りだったので、さっさと見切りをつけ、とあるサイトを見て、今の職場に弟子入りしました。

私の勤める職場は、レストランです。ファミレスと違い、本格的な料理を出す店で、コック見習いを受け入れてくれる所です。ただし、見習いだからといって手加減はしてくれませんが、その代わり、先輩方が優しく、親切に面倒を見てくれる職場ですので、とてもありがたいです。

人生とはどこで転機があるかわからないものです。転機がきたと思っても、それが転機でないこともありますし、転機だと思わなくても、実はそれが転機だったりすることもあります。要するに、転機なんて予測できないのですから、言われたことには素直に従ったほうがいいということです。運命に反抗しても、ろくなことはないと思いますよ。

思えば、小さいころから占いとか、そういったものをよく信じる性格でした。人の意見は話半分で、それよりもっと重要なことがあって、そのことをわかりやすく伝えているのが占星術だと、そう勝手に解釈していました。

40の手習いとは言いますが、私はそこまで年は食っていません。しかし、20代後半ということもあり、同期からは大きく遅れをとっています。年下の先輩に命令されるのも大変ですね。人間、下手なプライドは捨てたほうがいい気がします。

サラリーマン時代は、毎日が退屈で、何か物足りない生活を続けていました。都内の大学を出て、そこそこの規模の会社に入り、そこそこの業務をこなしてきました。しかし、周りの友人たちが自分の決心した道を進んでいるのを見ると、ふと、私はこのまま年を食って良かったのかと、疑問に思うようになりました。

大学時代のエピソード

都内で大学生をしてた頃は本当に迷走していたので、思いつくことは何でもやって、長続きしないというパターンが常態化していました。

登山やマラソンのようなアウトドアなものから、プラモデル作りやFLASH動画作成のようなインドアなものまで、色々手を付けていた記憶があります。それなりに広い学寮に住んでいたのに、行わなくなった趣味の道具だけで部屋が手狭になるほど。その中で、料理だけがずーっと行えてたんですね(今では仕事ですが)。

今にして思えば、「食事付きの学寮」を選ばなかったほうが良かったのかな。自分の通ってた東洋大の学寮は食事付きの学寮が多く、日々の料理をする必要もそんなに無かったので(現在も多いみたいです↓)。

東洋大学生のための学生寮・下宿|学生寮ドットコム

そんな環境化でも、サラリーマン時代でも熱意が消えなかったといった、というのは唯一料理だけだったと思います。

好きだった世界に飛び込めた

結果、一大決心をしてコックになることを目指しています。

しかし、彼女には逃げられるし、社宅は出なきゃならないし、水道光熱費など、全部を自腹で払う必要があるので、修行の道がいかに大変かということを、嫌というほど自覚させられました。

レストランの仲間は親切で、お互いを思いやることが出来る素晴らしい方々です。私は本当に同僚に恵まれているなと実感しました。好きだった世界に飛び込めたのはいいですが、右も左も分からぬ若輩者ですので、先輩の思考を先読みする修行が欠かせません。

今更ですけど、調理師の免許だけは取っておいてを本当に良かったなーと思います。いくら下積みとはいえ、業界に足を踏み入れるなら基本的な技術ぐらいはしっかりと身につけていることが前提ですし、その後が大変なんですね。免許の取り方は色々ありますが、私は教室に通う形で取得をしました。

調理師免許の取り方・費用は

最後になりましたが、「コックになるなんて絶対に無理だ」ってお考えの方は、今すぐ常識をかなぐり捨ててください。あなたの常識は、おそらく否定されるはずです。なぜなら、私がコックの道を歩み出せたのですから。